心の癒しと安らぎのFUYO HARUNA
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春名芙蓉は、1932年に大阪に生まれた。 『FUYO HARUNA』を創設。 3人の子供を育てながら、50代に絵画、写真、書などの創作を始め、 60歳からテーブルウェアにも活動範囲を広げる。 最近では、創作活動のほかに、彼女の生き方、 いい意識の持ち方を楽しく語る講演活動 『春名芙蓉との集い』も積極的に続けている。 その講演内容をまとめた『地球の子守詩』が発刊、 その本を読まれた方から大きな反響が湧き上がっている。 1932年1月 大阪に生誕 1988年7月 最初の芙蓉展を開催 1992年1月 テーブルウェアの制作を始める 2000年11月 春名芙蓉との集いを始める 2003年9月 地球の子守詩 第一集発刊 2004年4月 地球の子守詩 第二集発刊 2004年11月 地球の子守詩 第三集発刊 2006年4月 「命あるかぎり光りつづけたい」発刊
春名芙蓉の活動範囲は非常に幅広い。 絵画、写真、テーブルウェアー、ジュエリー、詩歌の創作のほか、 華道、茶道の指導、 さらに、「地球の子守詩」などの出版に加えて、 「春名芙蓉との集い」という名称での講演活動も積極的に行っている。 そんな彼女の活動は、ほとんどが60歳になってからのことである。 車の免許を取り、テニスやスキーにチャレンジしたのも、その頃である。 「老い」の影が忍び寄り、体力の限界を感じ始めるその年齢から、 なぜ、そこまでの気力を持つことができたのか。 彼女にとって「大変だ」とか「難しい」という意識はなく、 「生きることそのものが大きな喜び」であり、 困難なことに挑戦することによって自らの精神を高め、 エネルギーを蓄えることになる、と考えている。 「全ての生命は、大自然の中で生かされている。 その原動力は、自然から与えられているエネルギーだ。 そのエネルギーをどの程度の密度で自然から授かることができるかは、 その人の意識のあり方で変わる」というものが、 春名芙蓉が今日までの人生でつかみとってきた「人生哲学」だという。
春名芙蓉は、三人の子供を育てたあと60歳頃から芸術活動を始めました。
それまでの「子供を愛したような心で多くの人を愛したい。 自分の創作した作品を通じて安らぎを広げたい」という夢が始動したのです。 やがて、テーブルウェアを中心に彼女の作品が大きな反響を呼ぶようになり、 「食器を通じてなぜこんな安らいだ気持ちになるんだろう。 作者に会ってみたい」と思うファンの人たちが増えて、 講演会が始まりました。 それが、『春名芙蓉との集い』です。 彼女の語り口は、楽しく、そして人の心の奥に強く響くものでした。 春名芙蓉はその集いの中で、 「私は寝る時間がないほど忙しかったから、元気だったです」、 「子供はやんちゃをするのが仕事なんです。 言うことを聞いてくれないと子どもを叱るよりも、もし困ったと思うことがあれば、 子供のせいにせず、自分自身の反省をしました」、 「時間のゆとりはなくても、心のゆとりはいくらでも持つことはできますよ」 など、時には常識とは逆のものの見方、考え方を語ります。 そして、「どんなに辛いと思えることがあっても、人生の一つ一つのできごとは、 自分を成長させてくれるために与えられたものなんです。 だから、人生で何ひとつ愚痴に思うものはありません」、 「特別なことをしなくていいんです。ありのままでいいんです。 意識を変えるだけでいいんです。 意識を変えることで人生が変わるんです」と、 どんどん深く意識の持ち方を語り進めてゆきます。 彼女の言葉を通じて、それまで見えなかった自分自身を発見し、 心の壁が取り外されて、生き方が変わった参加者が非常に多く、 各地で『春名芙蓉との集い』の開催を求められています。 |